2011年12月31日 (土)

年忘れ東山ポタ

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東山区今熊野剣宮町にある剣神社

山科川から新大石道交差点へと、府道118号線観修寺今熊野線(別名 滑石越(醍醐道))を太閤坦CCや東山テニスクラブがある峠を目指します。部分的に狭くなっている所もあり注意が必要です。118号線を下ると京都市内の展望が見えますが、このまま下ると東大路通に出ますので、途中から今熊野剣宮町にある剣神社に向かいます。かっては赤穂浅野家家老・赤穂浪士の頭領 大石良雄(内蔵助)も、山科の寓居から遊郭があった撞木町などに遊びに行くのに利用していた道なのかな~~

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2011年12月 4日 (日)

紅葉(寺院)巡り

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深草に地にある瑞光寺(ずいこうじ)は、「元政庵 瑞光寺」ともいう、開祖 元政上人の名に因む。また、元政が竹を好んだことから竹葉庵とも言われている。山号は、深草山(じんそうざん)。日蓮宗身延山九遠寺派。本尊は釈迦如来坐像。、

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2011年12月 2日 (金)

大亀谷越~醍醐ポタ

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清涼院本堂と石標

清涼院は深草大亀谷五郎太に所在する浄土宗知恩院派の寺院(尼寺)。徳川御三家尾張藩初代藩主 徳川義直(1600~1650)の生誕地として知られる、「五郎太町」はこの尾張大納言の幼名に由来している。(寺院は非公開)

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2011年12月 1日 (木)

虹の苔寺を訪ね

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明徳2年(1391)、金山明昶(きんざんみんしょう)の創建による東福寺の塔頭。別名「虹の苔寺」とも称され、とくに苔の美しい新緑や紅葉どきには、ひそやかな禅寺も華やぎを増す光明院・波心の庭。

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2011年11月29日 (火)

山科川~東山ポタ

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山科川沿いの風呂尻児童公園の銀杏並木。山科川は山科盆地を貫流する、およそ15キロの川で京都市内を流れる自然河川のほとんどが桂川水系に属しているのに対し、山科川は宇治川水系に属する。また、山科川は近世中期」までは「櫃川(ひつかわ)」と呼ばれ、平安時代には和歌にも読まれ、歌枕にもなっている。平安時代に山城国宇治郡山科郷という名で呼ばれていた。

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2011年11月28日 (月)

歌の中山

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歌の中山 清閑寺「都名所図絵」

「歌の中山」・「都名所図絵」によると、昔、真燕僧都(しんえんそうず)という坊さんがいて、ある夕方、門前に出て道ゆく人々を、なんとなく見ていると、一人の美しい女性が通りかかるのが眼にとまった。平素は禁欲の身であるが、ふと異性に対する愛情が起こった。しかし呼びかけるすべもないので思いつくままに「清水寺への道はどう行ったらよいのでしょうか」と尋ねたところ、その女性は「見るにだに迷う心のはかなくて誠の道をいかで知るべし」と、たしなめて、やがて姿を消してしまった。その女は化人の類であるとも言われ、あるいはこの寺のご本尊十一面千手観世音の化身ともいわれが、いずれにしても歌の戒めに因んで、「歌の中山」と呼ばれるのだと言うことです。                       

                                            

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2011年11月26日 (土)

メタセコイヤ並木

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桃山町永井久太郎なる所のメタセコイヤ並木。メタセコイヤは成長が早く、1年間に1mも成長するそうで。昭和14年(1939)大阪市立大学の三木茂博士はセコイヤに似た植物化石を発見し、「メタセコイヤ」と命名して1941年に学界に発表した。メタセコイヤは新世代第三紀(6,500万年前~200万年前)に栄えていた植物だそうです。当初、化石しか発見されていなく、絶滅種とされていました。1946年、中国の四川省で現存種が発見され「生きた化石」として一躍有名になった。1949年、種子から育苗していたアメリカの博士から天皇に献呈されたのが日本に入った第1号だそうです。

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2011年11月21日 (月)

渋谷街道・花山洞

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前回に少し触れました国道1号線東山トンネルの北にあります、明治36年(1903)に掘られた煉瓦積みの「花山洞(旧東山トンネル)」が、R1号線と並行して歩行者専用トンネルとして、当時の面影を東山区側ではみられます。この写真は東山区側隧道口でアーチの上の扁額には「方机適川」と彫られている。

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2011年11月19日 (土)

渋谷街道

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京都国立博物館の前庭に「馬町十三重石塔」と呼ばれる二基の石塔が移設されている。もとは京都から山科へ通じる渋谷通(渋谷(越)街道)沿いの露地の奥に建っていた。その際、塔の内部から金銅仏をはじめ多数の納入物が見つかっている。北塔は無銘ですが、南塔の基礎には、「永仁三年(1295)二月廿日之立 願主法西」の銘文が刻まれている。

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2011年11月15日 (火)

瀧尾神社(たきおじんじゃ)

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瀧尾神社拝所・幣殿・社殿(京都市東山区本町)

瀧尾神社は大国主命を祭神とする神社ですが、創建年代や由緒についてはほとんど不明のようです。記録では天正14年(1586)10月に、豊臣秀吉の方広寺大仏殿建立に伴って東山七条付近から現在地に遷座したと伝えられる。

瀧尾神社は、大丸創始の下村家とのゆかりも深い。京都の豪商・下村彦右衛門正啓(大文字家・大丸百貨店前身創業者)は、毎日、行商に行く時は瀧尾神社に、お参りをしてから出かけたという。瀧尾神社を崇敬し天文3年(1738)以降、、数度にわたって社殿の修復をおこなっている。以来、大文字屋(大丸)の事業成功は、瀧尾神社の神徳のおかげであるとして代々の下村家は社殿の維持管理を援助している。現在の社殿も下村家の援助によって天保10年(1839)から翌11年(1840)にかけて造営されたもの。

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